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原郷への旅

Deep into HeartLand

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西宮港 築堤記
西宮港の守り神は、恵比寿様ではなく住吉さんらしい。江戸時代末期に、西風を防ぎ、夙川が運ぶ砂で港が埋まるのを防ぐ築堤の大工事がおこなわれるにあたり勧請されたとのこと。 写真は、西宮港の住吉神社にあった由来書。以下、その書き起こし。

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西宮の漁業は遠く中世の頃より営まれていました。その後江戸時代になると、進んだ漁法を携えて遥か房総半島に移り住み、彼の地の漁業発展に大いに貢献するほどでした。この附近の浜は「御前の浜」と呼ばれ、この沖で獲れる鯛は夷三郎殿(えびすさま)が釣り始められた鯛、また「前の魚」と呼ばれその美味なることは全国に知れ渡っていました。地引網によってイワシもたくさん獲れ、「手手かむイワシ」と威勢よく声を掛けながら市中で売られていました。

西宮で米穀商を営んでいた當舎屋金兵衛は、享和年間(1801~1803)に西宮の港を風浪の影響より避けるために、沖へ600間(約1090m)ほど築洲を造成する大事業を企て、この難事業の成就を祈請して、文化2年(1805)に住吉大神を勧請しました。当時はもう少し浜の先に祀られていましたが、明治2年(1869)にこの地に遷座されました。

当時は大消費地である江戸へ当地醸造の高品質の清酒が「下り酒」としてこの港から船積みされ、港は大いに活況を呈していました。当社はこれらの海上運漕仲や漁業仲に特に篤く信仰されてきました。
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