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原郷への旅

Deep into HeartLand

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赤間・赤羽と明石の語源
下関は、かつて赤間関(あかまがせき)と呼ばれていた。 漢語では「馬関(ばかん)」それで、馬関戦争の名がある。

「ま」は、魏志倭人伝で邪馬台国や投馬国に含まれる「馬」、高句麗を「こま」と呼ぶときの「ま」で かなりの大国?を表す。

「ま」以外に任那の「な」、百済(くだら)新羅の「ら」、新羅(しらぎ)と読むときの「き(城 )」も国であろう。

城は「さし」ともいう。出石や明石の「し」も城市を持つ国かもしれない。 

赤間(あかま)の「あか」は、あかあかとした明るさ、あるいは「空き」に通じる広々とした空間。それで豊秋津洲(とよあきつしま)本州の古名 がある。

明石の意味も、また、それに同じで、その国名の発祥を伝える赤羽(あかば)神社の名前は、「赤馬」に通じる。


万葉歌にある「秋柏」は「明石は」と読むのがよさそう


秋柏 潤和川べの しぬのめの 人にしぬべば 君にたへなく

朝柏 閏八河邊の しぬのめの しぬびて寝れば 夢に見えけり

潤和を播磨国 明石郡 伊川谷潤和に比定(井上通泰説)
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